神田が任務に出かけてから、もうかれこれ2週間程経っていた。
 

アレンもあれから簡単な任務へと向かったが、
ものの2〜3日で用が済んでしまい、
あっと言う間に先にホームへと帰って来ていた。



「どうせまだ僕なんか、
 神田と違って簡単な任務しか行かせてもらえませんよぉ〜だ。
 ねぇ? ティム?」



退屈そうに頭上を飛び回るティムキャンピーに話しかけながら、
愛しい恋人が帰ってくるのを今か今かと待ちわびていた。
 

コムイから何気なく得た情報では、神田は今日任務から帰って来るようだ。


早く会いたい。会ってお帰りなさいと声をかけたい。
そう思いながら、アレンは帰ってくるはずの愛しい相手の姿を探し回っていた。



「あっ! リーバーさん! 
 あの……その……神田、神田はもう帰ってきましたか?」



普段みんなの前ではいがみ合ってばかりなので、
こういう時、自分が神田を探しているということに気恥ずかしさを感じてしまう。



「あぁ? そう言えば、さっき帰って、室長に報告書出してたな……
 きっとまだそこいらへんにいんだろ?」



両手に山のような書類を抱え、
アレンが何故神田を探しているのかなど気にする様子もなくリーバーが答える。
 

はっきりとしない返事ではあったが、
神田が帰ってきたのが判っただけで嬉しく思えてしまうから始末におえない。



「ありがとうございますっ!」
「おうよ!」



嬉しさを隠し切れないといった表情でリーバーに軽く一礼すると、
アレンは神田の姿を探し回った。


だが、食堂、談話室、図書館、鍛錬場所、何処を探しても意中の相手の姿はない。
勢い勇んでみたものの、不思議な事にどれだけ探し回っても、
神田が見つからない。
 

そのうち疲れてしまったアレンは、
大きな溜息をついて階段の踊り場へと座り込んでしまった。



「はぁぁぁぁ……何でこうもいないかなぁ?」



会いたいと逸《はや》る気持ちを抑えながら、
アレンは神田の行きそうな場所を考える。



「あぁ〜、ダメだ。良く考えると、僕って神田のことほんとに知らないんだよねぇ。
 普段いかに会話がないかって事を思い知らされちゃうよぉ……」



自分がこうして探している間に、もしかしたらすれ違っているかもしれない。






アレンは止むを得ず神田の部屋へと向かった。
 
  


トントン。




「……神田ぁ……いますか?」
 


戸惑いがちにノックをして声をかけてみたものの、期待した返事は返ってこない。



「仕方ないなぁ……またすれ違っちゃってもイヤだから、ここで待ってようかな?」



以前、ドアの前で座り込みを決めていたら、
思い切り嫌味を言われ、どうせ待つなら部屋の中で待てと言われた。
人と馴れ合うのを良しとしないあの神田が言った台詞に、
アレンは涙が出るほど嬉しくて舞い上がってしまったのを覚えている。
 

その時預ったスペアキーで部屋のドアを開け、
お邪魔しますと律儀に挨拶をして部屋の中へと入り込む。
大好きな人の部屋はいつ来ても殺風景で、不必要な家具一つない。
 

それは自分の部屋も何ら変らないが、
不思議とこの部屋の空気はアレンにとって安心できるものだった。
自分の部屋と神田の部屋の唯一違うもの。
それは神田が大事にしている蓮の花の水時計ぐらいだろうか。



「けど、神田この時計、いつも見てるよなぁ。一体、何なんだろう? 
 よっぽど大切なものなんだろうけど」



蓮の花を眺める時の神田の哀しそうな瞳が、頭の中から離れない。


窓から差し込む僅かな日の光を受け、
花弁に翳りを落とす蓮の花を眺めながら、
ぱふりと音を立てながらベッドへと倒れこむ。
 

ふいに鼻をくすぐる神田の香り。
 

西洋ではあまり嗅ぐことのない、
オリエンタルな香りはそのまま彼の実直さを顕していて、
吸い込むたびに揺れる黒髪や汗ばんだ象牙色肌が目の前に浮かんでくる。
 

その香りを味わううちに、アレンはいつしかうとうとと浅い眠りに着いていた。


淡い夢の中、アレンは何故か透明な水の中に漂っていた。
ぼんやりと視界を彷徨わせていると、
その先にさっきまで探していた愛しい人の姿がある。

 

────カンダ……。
 


思わず手を伸ばすと、愛しい人との間は薄い硝子で隔てられていて、
触れようとしても触れることが出来ない。



────ねぇ……カンダ……キミに触れたいよ……。




そう念じると、目の前にいる神田が自分を見つめ、優しい瞳で微笑んだ。



「そうだな……俺もお前に触れてみたい」



確かに聞こえる声。
神田が、今度は硝子を隔ててあてがっている自分の手の上に己の掌を当てる。
愛しい。
目の前にいる神田への愛しさが溢れ出て、今にも泣き出してしまいそうだ。

 


────ねぇ、カンダ……キスして……。

 


少し目を見開いて驚いた顔をした神田は、
それでも言うとおりに硝子に唇を添える。
 

自分もゆっくりと瞳を閉じ、その唇の上へと己の唇を重ねた。 
薄い硝子越しにしたキスは、冷たく、それでいてほんのり暖かい。
まるで神田の気持ちを伝えてくれるかのようで、
アレンは嬉しくて、そっと涙を流した。
 














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